なぜ大半の受験生は努力ができない馬鹿なのか【才能の言語化シリーズ①-ver.1】

どうも!受験コーチSHUです!

このシリーズでは、僕が受験の立場としても、講師の立場としても多数の受験生を観察する中で分かった、圧倒的に成果を出せる人と、中途半端な結果や何も残せずに終わる人の違いについて様々な観点から言語化し、読者のみんなが少しでも良い方向に進めるような記事を書いていきます。あくまで現時点で感じていることですので、僕自身の思考がアップデートされれば、ver2, 3 …とバージョンアップしていきます。

今回のテーマは「なぜ大半の受験生は努力ができない馬鹿なのか」という話です。ややタイトルが暴力的ですが、ご了承ください。受験生の皆さんを否定する気があるわけではありません。僕はいつだって結果を出したい受験生の味方です。耳の痛い話かもしれませんが、最後まで読んでいただけると幸いです。是非、何か学び取ってください。

最初に定義しておきます。馬鹿、とはダメな現状を変えようとしない人、中途半端な現状に満足してしまっている人、慢心がある人ということにします。勉強ができる・できないについて、ここでは不問としましょう。

そして、努力とは、一歩でも上に進む行動をとっていること、ゴールに向けた行動をとることとします。つまり、馬鹿から抜け出す行動ということです。

パレートの法則

集団について議論する際に、よく登場する法則があります。パレートの法則と呼ばれるもので、通称2-6-2の法則です。これは「集団のうち2割は良い働きをし、6割は可もなく不可もない働きをし、残りの2割は怠ける」というものです。そして、その良い働きをする2割を集めたとしても、また2:6:2に分かれるのです。それ故に、受験生時代には上位2割の働き者だったはずの東大生であっても、大学に入って落ちぶれる人が一定数いるのはこのためです。ある程度大きな集団は、常にこの法則に縛られるのです。

これは、受験生という集団を見てもそうなのです。圧倒的な結果を出す上位層がいて、その下にそこそこ結果を出す多数派の中間層、そして、努力をしない、結果が出ない最下層がいます。これは紛れもない事実であり、毎年一定数の受験生が努力不足で志望校に落ちています。

あなたの周りの人が、もしかしたらあなた自身が、努力ができず、成績が伸びない現実に直面していないでしょうか?

また、ここで僕が「大半の受験生」といった理由を述べておきます。それは「まともに努力していれば上位2割に入れるから」です。

つまり、僕に言わせればそこそこの結果を出している人も努力ができない馬鹿と言うことになります。真の意味で馬鹿でない、努力ができる人というのはやはり2割前後に収束するのではないでしょうか。

なぜ努力ができず、結果が出ないか

それでは、なぜ多くの受験生、つまり8割の受験生は努力ができない、ないしそれを継続して結果を出すことができないのでしょうか。

大きく3つの理由があると思います。

  1. 「これでいいか」という甘え(慢心)
  2. 「自分のことである」という意識の欠如(当事者意識の欠如)
  3. 「絶対に結果を出す」という執念の欠如(覇気の欠如)

実際にはもっと理由がありますが、おおむねこの3つにつなげることができ、更にこれらは全て「思考停止」という一言に繋がります。

ここから見えてくるのは、いわゆる「才能がある人」になるためには、思考の次元を高めることが重要になるということです。今回そこまで解説しようと思ったらとても長くなり、大変です。20本程度の記事に分けて公開していくので、1本ずつ解釈してください。いずれも、キーワードは「思考」です。

少し脱線しましたが、上に述べた3つの観点について解説します。

努力ができない理由:慢心

それなりに努力をしてきた、少し結果が出始めた人が陥ってしまうのがこの「慢心」です。成果が全く出ていない大馬鹿を抜け出し、少し成長が見えてきたところで止まってしまう。

その先に、もっと大きな結果が待っているにも関わらず、まだスタートから数歩しか進んでいないにも関わらず歩みを止めてしまう、緩めてしまう、そんな受験生がたくさんいます。その背景にあるのがまさしく「このくらいでいいや」という慢心です。

その慢心は成果を出している側にはバレます。「このくらいでいいや」を乗り越えて「もっと先へ」という行動を続けてきた側から見れば、さぼっていることなんて簡単に分かってしまいます。多くの人が妥協してしまうポイントで妥協しない人にのみ、上位2割の世界に行く権利が与えられます。

努力ができない理由:当事者意識の欠如

そもそも一歩を踏み出せない人、少しの成果でやめてしまう人にありがちなのが当事者意識の欠如です。

これも先のパレートの法則です。例えば、この記事を1000人が見てくれたとしましょう。そのうち「今までの自分じゃやばいな。変えなきゃ」と思って行動するのが200人、「ふーん。面白いね。」で終わってしまうのが600人、「なんだこいつは。たかが大学生の分際で偉そうに」とブチギレるのが200人くらいに分かれます。

「結果を出す奴はこうしている」という話を聞いても、実際に行動するのは2割であり、その他8割は「自分には関係ない」と思い、行動に移しません。その積み重ねが、大きな差を生み出します。

その場その場の選択をするのは自分である、今聞いている話は自分のことである、という当事者意識を持って生きることが結果を出すための第一歩になります。自分を変えられるのは、自分の意識しかありません。強制されて起こした変化は、縛るものがなくなればすぐにその価値を失います。まずは「これは自分に向けた言葉なんだ」という強烈な思い込み、当事者意識から始めましょう。今僕が話しかけているのは、どこかにいる誰かさんではなく、あなたです。

努力ができない理由:覇気の欠如

根性論のように思うかもしれませんが、違います。

多くの受験生は、明確な目標が立てられないが故に「なんとしても結果を出す」という執着心が薄く、その結果、途中で「このくらいでいいや」という甘えが出て、最後まで努力できません。

医学部志望の学生や、東大や京大、東工大といった難関とされる大学を志望する学生は、比較的「絶対に行きたい」という気持ちを持っていることが多く、逆に、「普通の」大学を目指す大半の学生は「受かればいいかな~」という気持ちのことが多いです。そして、志望校への気持ちが強いほど結果を望み、そのための努力を惜しまず、逆に気持ちが弱い学生ほど途中で甘えが出ます。やはり、その部分が最終的な差を生み出します。

もちろん、これは僕が多くの受験生を見てきた中で分かっている傾向の話にすぎません。例外的な人だっていることでしょう。ですが、一般的に、努力量と成功確率には正の相関があります。これもまた、紛れもない事実であり、ごくわずかの努力量で大きな成功を収めることは稀です。
※ここで注意してほしいのは、机に向かって勉強することとか、かけた時間の長さが努力量と言うわけではありません。最初に定義したように、ゴールに向かう行動をとることが努力であり、闇雲に時間を消費することではありません。「努力の方法」についてはまた後日記事にします。楽しみにしていてください。

結果を出すためにどんなことでもする、そのような状況にある人は明らかに空気が違います。あまりスピリチュアルな表現は好みませんが、目の鋭さや呼吸など、いわゆるオーラが違うのです。アグレッシブに色々なことに取り組む、そのような人の空気はいわば覇気が出ている状態と表現できます。

この状態に至るためには、気持ちを強く持っている、結果にこだわっている状態を作らなければなりません。そして、そのためには「目標をはっきりさせること」が必要不可欠です。

本当にしたいことか、なんでそこを目指すのか、それを何度も何度も自問自答し、自分の目標を明確にします。そすれば、その目標を達成するためにすべきことの見通しが立ち、没頭できるようになります。

自分の目標を達成して結果を得るために必死で行動しているとき、覇気に溢れた状態が形成されます。その状態で走り抜けると、少なくとも受験においては、圧倒的な結果にたどり着くことができるのです。

まとめ

今回のまとめ

  • 2:6:2の法則に集団は従う。そして上位2割は惜しみない努力をしている
  • 多くの人が努力できないのは「慢心」「当事者意識の欠如」「覇気の欠如」である
  • まずは自分が努力不足であることを認識し、そこから一歩上に進む行動をとる

さて、ただ「行動せよ」といってもしょうがないので、具体的なアクションプランを提示して終わりにしましょう。

まずは、強烈に自己暗示をかけてください。自分は今努力不足であり、結果を出すためにまだやれることがあることを認識しましょう。そしたら、現状の実力と、そこから少しでも上に行くためにできることを考え、アウトプットしてください。コメントでもなんでもお待ちしています。

これを読んでいる人だけでも、上位2割に行ってほしいです。

それでは、次回の記事もお楽しみに!